それは…。
月が綺麗に弧を描く、美しい夜の出来事だった。
たぶん俺は、この日を一生忘れることができないだろう。
「泡沫」
許せ、許せ…。許してくれ、弁慶。
怨霊としてなど、蘇りたくもないかもしれない。
だが、もうこれ以上俺は…壊れていく九郎を、見ていることができないんだ。
怨霊として蘇えらせる事が罪だと言うなら、俺が背負う。
九郎にも弁慶にも罪はない。全部俺のせいだ。
だから、弁慶。頼むよ。蘇ってやってほしい。…九郎の為に。
目を瞑れば、在りし日の弁慶の穏やかに微笑んだ顔が浮かぶ。
その笑みに、俺たちに返す笑顔など比にならないほど幸せそうな笑みで返す九郎を見たことがある。
今は失われた、眩しいほどの笑顔。
九郎が弁慶をただならぬ想いで大事にしていた事くらい知っている。
その微笑に癒され、どれだけその声を求めていたか。
ほんの少しの間だけでも、一緒にいれば気がつくほどに…。
今もずっと探している。無自覚に。
いつまでも戻らない弁慶を探して、九郎は少しずつ自分を見失いはじめている。
そんな状態の九郎に、弁慶はもういないという事実を言えぬまま、黙っているのも心苦しくなっていた。
…弁慶は俺を庇って死んだんだ。言い訳など何もない。全部俺のせいだ。
やり切れない思いが将臣の胸を貫いた。
すぐに壊れなかっただけマシ…って奴かもな。事実を知ったらどうなることか…。
将臣は自嘲気味に哂った。
クソっ…俺は自分の大切なものの笑顔も守れないのか。情けない。
将臣は両方の手を爪が食い込んで血が滲み出るまで握りこんだ。
九郎…お前が一番大事にしていたものを返すから。
お前の武蔵坊弁慶を返すから。
心を、お前自身の心を取り戻してくれ…!
そしてもう一度見せてくれ。あの、太陽のような笑顔を。
その為なら何だってしよう。してみせる。
たとえこの手を黒く染めても。
蘇ってくれ、弁慶…!
一縷の望みを込めて、将臣は弁慶に死人返しの術を施した…。
――月の光を背に、人ならざる者が目を覚ます。
鈍く金色に光る長い髪…。透き通るような白い肌。うす紅い唇。
うっすらと微笑んで妖艶とも言えるその容貌。
「べん、けい…」
その姿を見た将臣は、思わず息を呑んだ。
あの時、確実に息を引き取った筈の弁慶が、確かに今目の前にいる――。
美しく、綺麗で儚い。最強の。八葉にとって最悪の怨霊が誕生した。
to be continued...
連載始まりました。書きたいこと詰め込みすぎて昇華できるか心配ですが、頑張りたいと思います。
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